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この道は阿蘇、久住を経て、豊後国鶴崎に至る街道

category - MyDiary・出来事写真日記
2010/ 06/ 14
                 

貴方の県の古い国の呼び名は何だったんだろう!

有名な県は時代劇とかでも今でも呼ばれ知られているので

知っているのだけど、全国的には知らない、都道府県で

いっぱいありそうです。



ここ熊本は肥後国と呼ばれていました。

全国的な認知度ってどれくらいなんだろうと、ちょっと気になったりもする。




今日はこの1枚の写真からのロマンです。


IMG_2789.jpg


加藤清正が初めて肥後国に入国した際に通った道とされている道路です。

後に清正によってせいびされ。


肥後国と豊後国との間の主要な街道となっていったこの肥後街道。


豊後国をめざして、肥後国熊本城の札の辻から、久住、野津原、鶴崎を通り・・・

陸路で九州を横断した後、鶴崎の港から海路で瀬戸内海を通って

大坂に渡り、東海道を江戸に向かっていた。


かなりの時間と労力を費やしてをしていたのだなー

と思ってこの道を見た時

この道に入って行くと時空を超え

昔の茶屋にでも出会えそうなそんな気分にしてしまう・・・


それは各藩の大名を定期的に江戸に出向かせる

江戸幕府の制度である参勤交代の時代。




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コメント

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こんばんは^-^
熊本が肥後の国って歌にあるから
認知度は高いと思うよ
播磨の国よりゼッタイ認知度上 苦笑
^^b☆
こんばんは!
なんとも壮大な景色が広がって・・・
昔の人は移動するのも本当に大変だったことでしょうね。
自分の足で見つけるからこその感動がたくさんあったことと思います。
楽して、車で過ぎ去っては見えないものも・・・
肥後の国・・とても素敵な響き♪
前ポチw!
ちょっと本文からズレるのですが 今日曜日の龍馬伝見ててよく思うこと 江戸まで行ってきたー なんて平気で結構言うのですが 江戸までー\(゜□゜)/ てビックリしますよね 僕なんか熊本市内まで歩けっていったら それだけで疲れるかも(笑) そんな感じで 昔の人はこの道をテクテクと歩いて行ったんだね~ 皆何を思いながら歩いたのだろう…この道を…ぽち
子供のころから
おなじみの名前ですよ(^^)

♪ あんたがたどこさ~
    肥後さ~
  肥後どこさ~
    熊本さっ ♪

なつかしいなぁ

私の母の実家の町にも、清正公を祭ってある神社がありますよ。
夏に、小さいけれど清正公祭りがあります。
せいしょこさん祭りって言っているけど。
応援ポチ
不思議ですね。
今も同じ道を現代人が使っているのかと思うと、今の自分は、昔の延長線上にいるんだと思わされます。参勤交代の時代は、大変だったことでしょうね・・。
こんにちは!

歴史はかなり苦手な分野なんだけど、
肥後の国は、知ってるよ~♪
だって坂本冬美の「火の国の女」って言う歌、大好きだもん(爆)
私の所は、「下野(しもつけ)の国」。
今日の一枚は、昔から人々がこの石畳を踏んで歩いて行ったんだなと思わせてくれる
情緒溢れる場所だね!
遠くまで見渡せる景色がまた、心までも広くしてくれそう・・・

それでは、昼凸
そうそう。
前にも言ったけど、
加藤清正は神戸の湊川神社に銅像があるもん。
途中だったんだね。
        
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